小学生の頃
- 計算が速い
- 問題をどんどん終わらせる
- 先の内容まで進んでいる
- 英検にも合格している
そういう子は周囲からこう言われます。
「すごいね」
「できるね」
「頭いいね」
その言葉は本人の中で
一つの確信になります。
自分はできる側だ。
でも中学に入ると
あるタイミングで止まる子がいます。
なぜでしょうか。
「速さ」は小学生では正義になりやすい
小学生段階では
- 早く終わる
- たくさん解く
- 先に進む
これが評価されやすい構造があります。
速く解ける=能力が高い
という認識も自然です。
もちろん、速さは武器になります。
ただ、その“速さ最優先”が長く続くと
- 途中式が省略される
- 図を書かない
- 字がどんどん雑になる
という変化が起きることがあります。
特に男子に多いのですが
「早く終わらせること」が最優先になると
書くことの質よりも処理スピードが
優先されるようになります。
それ自体は悪いことではありません。
ただ中学以降では事情が変わります。
中学で変わる「求められる力」
中学以降の数学や英語では、
- 条件整理
- 構造理解
- 言語化
- 外部化
が必要になります。
ここで求められるのは
“速く処理する力”よりも
一度立ち止まる力です。
- 図を書く
- 途中式を書く
- 文を分解する
- 定義を確認する
減速する技術。
しかし速さで成功してきた子ほど
止まることに抵抗があります。
「先に進んでいる」ことの錯覚
小学生のうちに先取りしていると
“学年より上をやっている自分”
という感覚が生まれます。
でも”解き方を知っている”と
”理解が定着している”は別です。
中学では「やり方を知っている」だけでは
通用しない場面が増えます。
応用で止まる。
条件が複雑になると崩れる。
それは能力の問題ではなく
成功体験の更新がまだ起きていない
というケースも少なくありません。
英検という分かりやすい指標

資格は努力の証です。
英検に合格すること自体は
立派な成果です。
ただし資格と実力が完全に一致するとは
限りません。
単語は知っている。
問題形式にも慣れている。
でも
- 構文の理解が浅い
- 長文で思考が止まる
- 自分の言葉で書けない
というズレが出ることがあります。
これは英検が悪いのではなく、
「合格」という分かりやすい成功体験が
その先の課題を見えにくくすることがある
という話です。
問題は能力ではない
止まる子の多くは
能力が低いわけではありません。
むしろ
- 処理能力は高い
- 真面目にやっている
- プライドもある
だからこそ「今まで通り」で
進もうとします。
でも中学以降は速さよりも先取りよりも
構造を理解する力が問われます。
成功体験は、更新できる
速さは武器です。
先取りも武器になります。
ただしフェーズが変わる時に
成功体験をアップデートできるかどうか。
そこが分かれ目です。
止まった子が
「一度立ち止まる」ことを覚えた瞬間
伸び方が変わります。
