数学の解説を聞いて「分かった!」と思ったのに
数日後には解けなくなっていた。
そんな経験はないでしょうか。
「分かる」と「できる」は意外と違います。
「分かった!」と思う瞬間
数学を勉強していると、
「あ、分かった」と感じる瞬間があります。
解説を読んで、論理の流れが見えた瞬間。
先生の説明を聞いて、
なるほどそういうことかと腑に落ちた瞬間。
あの感覚は本物で理解が進んでいることは確かです。
ただ、その「分かった」という感覚が、
少し厄介な側面を持っていることがあります。
なぜ後日解けなくなるのか
解説を聞いてその場では理解できた問題を
数日後に自分で解こうとすると手が止まる⋯
という経験は、多くの人が一度はしているはずです。
これは記憶力の問題というよりも、
「分かった」と「解ける」を同じものとして
扱ってしまったことによって起きやすい現象です。
解説を聞いているとき、
人は問題の流れを「追う」ことができています。
論理が正しいかどうかも判断できます。
しかしそれは、
自分の手でゼロから組み立てられる、
ということとは別の話です。
「分かった」は、あくまで
理解の入口に立った状態に近いといえます。
「分かる」と「できる」は違う
「分かった」と「できる」は、
実はかなり違います。
分かるとは、説明を受けた時に
論理が通っていると感じることです。
一方、できるとは、何も見ずに
自分で解答を組み立てられることを指します。
この二つの間には、
思いのほか大きな隔たりがあります。
解説を読んで理解した段階では、
まだ「道筋を知っている」状態です。
自転車の乗り方を説明で理解することと、
実際に乗れることが違うように、
数学においても「理解した」は
「解ける」の手前にあります。
再現できて初めて身についたと言える
身についた、と言えるのは、どういう状態かというと
ヒントなしで、自分の力だけで
解答を再現できる状態だと思います。
解説を閉じて、白紙から解いてみる。
その作業を通じてはじめて、
自分がどこまで理解できていて、
どこが曖昧なのかが見えてきます。
「分かった気になっていた」部分は、
この段階で表面に出てくることが多いです。
理解したつもりで勉強を終えてしまうと
この確認がないまま次へ進むことになります。
反復が必要な理由
同じ問題を、日を空けて
繰り返し解くことには意味があります。
一度で解けても、
数日後にも解けるかどうかは別問題です。
再び解こうとしたとき、
スムーズに手が動くかどうかを確認することで
定着の度合いが見えてきます。
反復は「同じことを何度もやる」というよりも
「再現できるかどうかを確かめる作業」に近いです。
解けなかった箇所が見つかれば、
そこが次の学習ポイントになります。
理解した後に演習を重ねることで、
「分かる」が「できる」に変わっていきます。
まとめ
数学において「分かった」と感じる瞬間は大切です。
理解することは学習の出発点として欠かせません。
ただ、理解した時点で勉強を終えてしまうと
後日同じ問題が解けないという経験に
つながりやすいです。
「分かった」はスタートで、
「できる」はその先にあります。
理解することは大切です。
ただ、本当に身についたと言えるのは、
自力で再現できるようになってからなのだと
思います。
数学の学習や理解については、こちらの記事でも書いています。
→ 「なんとなく理解」で止まる数学
→ 「人に教える」が最強の勉強法だと久しぶりに実感した話
→ 高校数学の「答えを見てはいけない呪縛」